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著作権法を考える前に |
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| ◆人と法律 私は機会があるといろいろなアンケートをします。たとえば、人は法律に従って生きるべきでしょうか? こんな質問をすると、多くの人は「当然です。法律に従わなければなりません。」と答えてくれます。 ◇法律は守られるべきか? 確かに法律は守られるべきです。しかし、私達は自由な社会に住んでいて、基本的に何をするのも自由であると聞いています。その自由は、社会全体の利益のために部分的に削(けず)らなければならないときがあります。 たとえば誰かの自由と別の誰かの自由がぶつかりあってしまうときや、社会全体の目的のために約束しあったときなどです。 たとえ理由があったとしても、個人が暴力をふるって他人の自由を奪うことは野蛮なことですから、原則として禁止されているのが現代社会です。 もし誰かの自由を削ろうとするときには権力をつくり、権力を適切に運営させるために国家をつくって、その仕組みによって国民の自由を慎重に削ります。 ◇法律は何のために? 国民の自由が権力によって不当に削られないよう、そして権力のあり方が国民に納得されるようにコントロールする道具として、法律というものがあります。 議会は全国民の代表者として法律を作り、法律をもとにして国家が運営されます。 こうして考えて見ますと、法律はまず最初に「国家権力」に対して語りかけるものであって、国民に直接強制するものではないと思われてきます。 法律は権力とともにありますが、人間社会にとって必要不可欠なものではないのです。 他人のものを盗んだり、人に暴力をふるったりすることはいけないことですが、その理由は「法律にそう書いてあるから」ではありませんね。たとえ法律がなくとも、人間同士が助け合わなければならない世の中においては、そういうことはしてはならないことだから、してはならないのです。 ◇法律は命令? 約束? 法律は国民にとっては「約束」であり、国家権力にとっては「国民からの命令」であるかもしれません。 国民は国民同士の約束事を互いに守って互いの信頼を深めましょう。国家権力は国民の期待に応え法律に従って仕事をしてください。おおむねこういうことであると思います。 約束には<お互いの立場を尊重しあう>という前提がありますが、命令は一方的です。 国民にとって法律が約束事ならば、その約束の趣旨を柔軟に判断して、その約束が目指した目的を実現すればよいでしょう。 現在つくられている法律は、第一条に「目的」が書かれてあって、権利や義務が定められた理由と趣旨を明らかにしています。しかし一昔前につくられた法律は「目的」が書かれていません。昔の法律は「命令」だったので、国民がその法律の目的や趣旨を知る必要はなく、ただ法律に服従していればよいと考えられていたのでしょう。 そういった歴史的経緯があるため、私達は何事も「法律に書いてあること」には従うべきであり、自分自身で柔軟に解釈してはならないのだと思い込んでいるかもしれません。 ◇法律と、この世の中の原理 「人は憲法にしたがって生きる義務があるでしょうか?」という質問をすると、ほとんどの人は「そのとおり、憲法にしたがって生きる義務がある」と回答されます。 憲法は大事なものだから、それを守るのが国民の義務であるという発想が強いのは、<決まり>を守るのが良いこと、疑問を持つのは悪いこと、という発想が明治時代から受け継がれているからかもしれません。 日本国憲法の前文にはこんな文章があります。 「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」 この原理に反するものは、それがたとえ「憲法」であっても排除する、と言っています。憲法よりも前に「原理」が存在しているのです。私は「法」と「法律」とは別のものであるという考え方について講座の中の重要なテーマのひとつとしてよく取り上げますが、この文章にある「人類普遍の原理」は「法」ではないかと考えています。この憲法前文における「普遍の原理」は「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」という部分を指していますが、これは普遍の原理の中の一部であろうと思います。「普遍の原理」は、法律はもちろん憲法よりも重大な存在なのだという視点が法律の理解にとって重要であると考えています。この「人類普遍の原理」は、実は皆さんの心の中にある原理かもしれません。 |
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| ◆皆様へのお願い 著作権のことが気になって「著作権のひろば」を使って著作権法について考えようとする皆様には、次の点を考慮に入れて考えをすすめていただければ幸いです。 A 自由主義社会では、法律を考える際に「人は自由である」という点からスタートします。人の自由が権力によって制限を受ける場合には、公共の福祉のために必要最低限の範囲で、しかも合理的に妥当な方法でのみ制限できる、という考え方が重要となります。 B 権利というものは、「ある公共の目的」のために必要な範囲でのみ存在するものであって、その限度を過ぎれば「権利の濫用」として、その行使が認められません。この考えを推し進めれば、著作権という権利における「排他独占」というものは絶対的なものではなく、「文化の発展」という公共の福祉に結びつく場面においてのみ権利の行使が認められるということになるでしょう。 C 本来、守るべきは道徳やマナーです。罰則でおどして著作権法を守らせるよりも、人間としてどのように生き、他人との利害関係についてどのように判断しその結果を受け入れるか、ということを考えることが重要です。法律さえ守っていれば後はどうでもいいとか、法律を守らないなら悪いヤツだとか、そういった単純な考え方では現実の諸問題に対応できないでしょう。法律よりももっと大事なものがあるということを念頭において、この「著作権のひろば」をご覧いただければありがたいです。 |
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